<元部下、ズカズカ聞いてみた> ほぼ未経験チームを率いたマーケティング責任者のイロハ

ムロヤのWebマーケティングの師匠・浅野さんに、組織づくりについて聞いてみました
ムロヤ 2025.06.30
誰でも

マーケターの採用や育成って、難しいですよね。

経験者は希少で、未経験者を育てるにも何から教えればいいのか迷ってしまう。「マーケティング組織全体をどう設計するか」に悩む方も少なくありません。

今回は、未経験者が多く所属していたウェルクスのマーケティングチームの責任者として、人材紹介事業を急成長させた浅野幸長さんに、ムロヤが「元部下」という立場からインタビューを実施。採用や育成に加え、マネジメントの実践や組織運営の工夫まで、リアルな経験を語っていただきました。

<関連記事:過去のインタビューシリーズ>

<浅野幸長氏 プロフィール>

1983年生まれ。関西学院大学卒業後、2006年4月株式会社エス・エム・エスに入社、営業職、マーケティング職、中国支社立ち上げを経験。2012年9月に設立時から取締役に就任していた株式会社クレヴィスに合流し、マーケティング責任者に就任。2013年4月、株式会社ウェルクスを設立。待機児童問題解消に貢献すべく保育士、幼稚園教諭に特化した人材紹介事業、求人広告事業のマーケティング責任者として活動。2022年1月にウェルクスを退職し、フリーで活動中。2022年8月からリザービアでマーケティングおよび事業推進の責任者を務める。

<インタビュアー・ムロヤ プロフィール>

室谷 良平

株式会社スノードーム 代表取締役

函館高専情報工学科卒業後、オリンパスメディカルシステムズに技術者として入社。内視鏡業務支援システムの品質管理に従事。その後マーケターに転身。保育士人材紹介会社のウェルクスでは、全サービスのSEOとコンバージョン改善を統括。独自のWebマーケティングメソッドで実行力の高いチームを組成し、会社の急成長に貢献。その後、認知施策への関心が高まり、SNSマーケティング支援会社のホットリンクに転職。2022年に同社マーケティング本部長就任、BtoBマーケティング・広報・インサイドセールスを統括。クライアントのSNS活用支援にも携わる。2023年7月に株式会社スノードームを設立。戦略策定からWebプロモーションまで、一気通貫の伴走型マーケティング支援を行っている。著書『SNSマーケティング7つの鉄則』(日経BP 日本経済新聞出版)、『現場のプロが教える!BtoBマーケティングの基礎知識』(マイナビ出版)、『1億人のSNSマーケティング』(エムディエヌコーポレーション)。1988年生まれ。北海道長万部町出身。

未経験マーケター採用の判断基準は、素直さと共感力

ムロヤ「浅野さん、お久しぶりです!今日はよろしくお願いします。ウェルクスのマーケチームって、初心者や未経験者が比較的多かった印象があります。浅野さんが育成にめちゃくちゃ力を注いでいたなと、勝手ながら思っているんですけど、育成のコツなどあれば聞いてみたいです」

浅野「そういう表現もできるかもしれませんが、実際は、採用力がなかったという現実があります。待遇も認知度もまだまだで。そういう中で、私が採用で重視していたのは“素直さ”でした。ここでいう素直さは、“言われたことを率直に受け止められること”ではなく、“新しいことや未経験のことに抵抗感がない”という意味です。たとえば、『ライター経験はないけど、ずっとやってみたかった』という方なら、経験がないことでも前向きに取り組めると思うんです」

ムロヤ「そうだったんですね」

浅野「『これから起きることの大半が未経験なわけだから、何でもやってみよう』くらいの気持ちでいられる方が、結果的にうまくいく気がしています。経験がないことにも前向きに取り組める姿勢が、結構大事なんじゃないかと。

 この他にも、業界や保育士さんへの共感をもてそうかどうかも重視していました。結果的に女性メンバーが多かったこともありますが、保育士さんに寄り添える感覚とか、自分の将来と重ねられるような方が多くて。そういう思い入れをもって働いてもらえると、やっぱり組織全体にとってもいい影響があるんですよね」

ムロヤ「確かに。それでいうと“見抜き方”って難しいと思うんですが、採用や面接の場で何か経験則的に見ていたるポイントってありますか?」

浅野「そうですね。“どんな姿勢の人か”はとても大事にしていました。受け身な印象があると、気になりますね。たとえば、『どういうことが学べそうですか?』と聞かれると、ああ、ちょっと受け身だなって感じてしまいます」

ムロヤ「あー、私も面接で聞かれることがあります」

浅野「『こういうことに貢献できると思う』とか『こういう仕事がしたい』って、自分の考えをもってくれている方が、一緒に働くイメージがわきますし、いろいろ任せてみたくなるんですよ。逆に『与えられたことはやりますけど、成長はさせてもらえるんですか?』みたいなスタンスだと、たとえ短期的に成果が出ても、長く一緒にやるのは難しいと思っていて、そこが判断ポイントになりますね」

ムロヤ「なるほど、すごく納得です」

浅野「あともう一つ。これは先ほどの話ともつながるんですが、“自分が何をやりたいか”を、たとえ経験が浅くても、自分の言葉で語れるかどうかは大事にしています。例えばウェルクスですと、すごく情熱的で、自分の将来像をしっかり語ってくれたAさんが印象的でした」

ムロヤ「確かに、Aさんはたくさん行動してましたもんね。地域活性の話とか」

浅野「そうそう。マーケティングに直結していなくても、“こういうことがやりたい”という軸をもっていて、それを自分の言葉で語れる人は、壁にぶつかったときにも踏ん張れると思うんです。逆に、自分のやりたいことが言語化されていない人は、長く一緒に働くのはちょっと難しいなと感じますね」

育成のカギは、期待値の調整と「積み上げ型」

ムロヤ「採用した方々と実際に働いていく中で、任せ方や育成の面でもいろいろと考えられていたと思います。未経験のメンバーが多かった時期には、短期的な貢献と中長期の成長のバランスをどう取るか、任せ方や配置などを浅野さんはどう考えてされていたんですか?」

浅野「当時はまだマネジメントの経験も浅く、うまくできなかった部分がたくさんあったと思います。特に社会人経験のない新卒の方たちには、仕事の進め方や、多面的なものの見方みたいな部分を十分に伝えきれなかったなと感じています。

 一方で、業務自体はたくさんあったので、タスクベースで仕事を渡して、その中でそれぞれがスキルや知識を磨いてもらう機会はたくさん提供してあげられたと思います。そういった“DO”の部分は提供できたと思いますが、自分にとっての壁にどう向き合うかといった“姿勢”の部分は、伝えきれなかったかもしれません。

 未経験でも社会人経験がある方は、前職での経験をベースにうまく社内に適応してくれていたと思いますが、まっさらな状態で入ってきた新卒の方に対して、そこまで伝えられたかというと、自信がないですね」

ムロヤ「実践機会が豊富だったなと私も振り返ってみてそう思います!ウェルクスではSEOや広告運用やWeb制作など、たくさんの経験を積ませていただきましたし。メンバーには、どうやって任せる範囲を決めたり、挑戦の機会を作ったりしていましたか?」

浅野「いい意味で、未経験の方にはそこまで高い期待値をもっていなかったので、積み上げ型で進めました。『ここまでできたから次はこれを任せてみよう』と、段階を踏んでいくようなイメージですね」

ムロヤ「“積み上げ型”という考え方、すごく納得できます」

浅野「一方で、私の中で期待値を上げてしまい、難易度の高いタスクを渡し続けてプレッシャーを与えてしまったメンバーもいました。こちらの期待と本人の受け止め方にズレがあると、やっぱりどこかで破綻してしまう。そのギャップはちゃんとすり合わせなきゃいけないなと、痛感しました」

ムロヤ「そのギャップって、具体的にはどうすり合わせいったんですか?」

浅野「正直、ちゃんとできていたかというと、難しいところですが……。意識していたのは、最初から期待値を高くしすぎないこと。過去の経歴だけで”できそう”と決めつけず、実際の仕事ぶりを見て判断するようにしていました。ただ逆に、期待値を下げすぎて窮屈にさせてしまうこともあって。そのあたりのバランスは、本当に難しいですね」

ムロヤ「期待しすぎてもダメだし、抑えすぎても力を出しきれない。スキルやアウトプットを見ながら、任せる範囲を適切に調整していくのが重要なんでしょうね」

浅野「そうですね。それを実現するためには、日次や週次での確認で“進んでいないこと”にいち早く気づいて、必要ならタスクを分解したり、一度引き取ったりする。そうやってフォローしていました」

ムロヤ「なるほど。“積み上げ型”の重要さを改めて感じます。私も前職でマーケティングの講師をした時に思ったのが、放っておいて伸びる人もいれば、前提知識を少しずつ積んでいかないと難しい人もいるということでした。

また、その積み上げ型の学習の大切さを自分自身で痛感したのが、2024年から自動車教習所に通って免許を取ったときでした。教習所って、まずはシートベルトの締め方から始まって、徐々にコーナーを回る、左折、右折……とステップを踏んでいきます。あれはまさに積み上げ型の設計で」

浅野「自動車の運転って、実は高度ですよね」

ムロヤ「ちなみに私は最初マニュアル車で挑戦したんですけど、クラッチが意味わからなさすぎたり、ギアチェンジや半クラの操作が難しすぎたりで……頭がぐちゃぐちゃになって結局マニュアル車での免許取得から撤退し、オートマにピボットしました(笑)」

浅野「ムロヤさん、意外と車の運転は苦手だったんですね(笑)」

ムロヤ「私には無理でした(笑)。そこで気付かされたのですが、マーケも同じで、いきなり“これやって”と言われても、土台がなければ理解できないし動けないんだなということです。すごく共感できるようになりました。

自動車の運転において“土台がなければ理解できない側”の人間として、積み上げの大切さがすごくよくわかりました。また、失敗が続くと自信がなくなって挑戦しづらくなる。だからこそ段階を踏んで、自信をつけてもらうことが大切なのかなと。」

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浅野「例えば、Webマーケティングで使う指標の基本、CPC、CPA、CTR、CVRの計算式もちゃんと覚えてもらう必要がありますよね。基本中の基本だけど、理解が曖昧なまま進んでしまうと、それ以降の吸収力が全然違ってくる。現在も広告運用経験のないメンバーと定例ミーティングをしていて感じるのは、『わからないことがあったら聞いて』と言っても、『何がわからないかがわからない』ってこともあるんですよね」

ムロヤ「確かに、ありますね」

浅野「ディレクションやデザインはできても、広告の仕組みが理解できていないと、広告の運用や成果に関する会話に入れない。“CPAが上がった”と言われても、それがCPCの影響なのかCVRなのかって因数分解ができないと、課題の所在もわからないままになる。だからこそ、そうした基礎知識の積み上げはやっぱり大事だなと感じます」

ただ見るだけじゃない。ダッシュボードが“機能する”組織とは

ムロヤ「ウェルクスのマーケティングの強さについて、当時の経験を振り返って『あれすごかったな』と思い出すのが、毎朝のExcelの計数管理です。あのダッシュボード運用はかなり徹底していたんだなと、転職後に気付かされました。広告管理画面からデータをエクスポートして、ピボットテーブルで整えて……エリアの登録者数やインプレッション、CTR、CVRまで、毎日出していましたよね。あの仕組みって、浅野さんの原体験がベースになっていたんですか?」

浅野「そうですね。あの仕組みのベースになっているのは、前職の株式会社エス・エム・エスでの経験です。『何をすれば達成できるのか』にすごく敏感だったので、日次の数値更新を心待ちにしてたんですよね。

ムロヤ「やはりエス・エム・エスさんに源流がありましたか」

浅野「スマホもまだ普及していない2008〜2009年頃に、Webマーケティング部でディレクター兼、計数管理を担当していました。広告運用とメルマガ施策を中心に、日次で数字を集計して報告するのがミッションだったんです。

 でも、当初はその集計作業がとにかく煩雑で、数字が揃うのが昼過ぎとか夕方ごろになることも多くて。たとえば『昨日の純広告の成果どうだった?』と聞かれても、まだ数字が見られないという状況でした。これをどうにかしたいと思って、業務でのエクセル活用の経験はほとんどない中でしたが、エクセルのピボットなどを習得し、集計をもっと早くできるようにしていきました。それで朝イチで数字を出せるようになったんです」

ムロヤ「すごい。それで業務もスムーズになったわけですね」

浅野「はい。数字が早く見られるようになったことで、『ここは入札を強めよう』『ここは来月からはやめよう』といった判断が即日でできるようになりました。その意思決定の早さに貢献できたということで、評価されて昇格もさせてもらいました。そこで、Webマーケと日次の数値管理の相性の良さを強く実感しました」

ムロヤ「今でこそLooker Studioなど使えば、毎朝Slackに通知もできますし、ダッシュボードで確認するのも簡単になりました。でも、結局『毎朝数字をちゃんと見たい』という意識があるかどうかがすごく大きいですよね。CPAが上がった理由を因数分解できなかったり、“わかったつもり”で何となく見てるだけだったりすると、成果にはつながりませんし」

浅野「それ、まさに実感したことがあって。ムロヤさんが辞めた後の話なんですが、数値化の仕組みはあっても、現場でその意味が共有されていなかったんですよ。『この数字、なんでこうなってるの?』と聞かれても、誰も答えられない状態で。形式だけ残って、魂が入ってない。外からも『ちゃんと数字見られてないですよね?』と指摘を受けたこともありました」

ムロヤ「なんと…!ダッシュボード運用が形骸化されてしまったのですね。ダッシュボードの数字の読み解きを私からチームに浸透させきれなったのはとても反省です…。」

浅野数字の仕組みをつくること自体は大事なんですけど、それを使って考える人がいないと意味がない。データを集めるだけで終わってしまって、『昨日の施策どうだった?』っていう感覚がないと、せっかくのダッシュボードも機能しなくなるんですよね」

ムロヤ「たとえば、自分が前日に渾身のバナーを2本出したときに、『今日の数字どうだった?』ってワクワクして見にいく感覚。あれがあるからこそ、数字を追う意味があるし、小さな変化にも気づけますよね。逆に『だいたいいつもCPAは8,000円くらいだから』で思考が停止してしまうと、小さな変化の兆しに全く気づけなくなってしまいますし」

浅野「はい。本当にそう思います」

コンテンツがまだ注目されていなかった時代に、先んじて仕掛けたSEO戦略

ムロヤ「次に、ウェルクス時代に経験された“1→10フェーズ”を、どう乗り越えたのかについて伺いたいです。改めてすごいなと思うのが、保育士の人材紹介事業で、すでにある程度のプレイヤーがいる中でも『保育のお仕事』がSEOで一気に順位を上げたことです。後発での参入だったと思うのですが、どうやって勝ち筋を見出したんでしょうか?

浅野「本当に、あのときは市場参入のタイミングが良かったというのがすべてですね。言い方はよくないかもしれませんが、当時は本格的にWeb集客に取り組んでいる企業がほとんどいない状況でした。しっかり考えている企業が、1~2社いるかどうかでしたね。

 市場参入を検討する段階で、Googleで検索していろんなサイトを見てみたんですが、ちゃんとしたサイトがほとんど見当たらなかった。それくらい、Webでの取り組みが進んでいなかったんです。リスティング広告すら、あまり見かけませんでしたね。2013年当時の話ですが、2006年頃に作られたような古いサイトばかりで、コンテンツも洗練されておらず、正直使いづらいサイトが多かったのを覚えています」

ムロヤ「なるほど。その頃の既存事業者は、どんなふうに登録者を獲得していたのですかね?」

浅野「おそらくですが、地域での学校連携やチラシ配布が主流で、Webは『なんとなく集まるんじゃないか』くらいの認識だったんじゃないでしょうか。たとえば交通広告を出しておけば、そこから検索して流入してくるだろう、みたいな。セオリーが確立されていないままに手を打っていた印象です」

ムロヤ「Webマーケに関しては、まさにまだ発展途上だったんですね。その中でもウェルクスはしっかりWebマーケティングに取り組み、さらに安倍政権による待機児童政策やインターネットユーザーさらなる拡大時期とも重なって、いい波に乗れたということでしょうか」

浅野「はい、やはり参入タイミングが良かったですね。今はリスティング広告だと1~2万円のCPAが相場だと思いますが、ウェルクスが広告を出し始めた初期のCPAは1,000円台でした。『普通に出せば集客できるんだ』というのが、最初の実感でしたね」

ムロヤ「すごいですね!でもその後、競合も増えてきた中で、やっぱり『保育のお仕事』のSEO施策の強さが際立っていたと思います。「保育士 求人」のビッグワード検索で1位でしたし。ウェルクスではコンテンツマーケティングやオウンドメディアのブームがくる前から、いち早くオウンドメディアに注目して取り組まれていたと思います。その背景にはどんな考えがあったんですか?」

浅野「そこは、すごく個人的な背景があります。前職のエス・エム・エスではWebディレクターとして3年ほどSEOを担当していたんですが、その頃はリスティング広告の集客力が強くて、外部リンクの購入で順位が上がるという考えが根強かったように思います。でも、Googleのパンダアップデートやペンギンアップデートで、そうした施策が効かなくなっていきました。求人情報の充実の取り組みは行っていましたが、アップデート前の水準にまではなかなか戻せず、苦労していました。求人情報の充実以外にコンテンツの充実にも取り組みたかったのですが、短期で数字を上げるプレッシャーもあって、社内で理解を得るための動きを取ることができませんでした」

ムロヤ「被リンクの時代ですね」

浅野「なので、ウェルクスで自社サービスを手がける立場になったとき、『SEOをちゃんとやれば上がるはず』という思いが強くて。SEOコンサルに毎月100万円ほど費用をかける許可をいただいたこともあったので、その時の知見を活かして、自分で挑戦できるチャンスだと感じていました。もう一つは、最初からレスポンシブでモバイルファーストに対応したことも大きかったと思います。当時、競合他社は対応できておらず、UIやUXの面でも、SEOや広告のCVRに貢献できたんじゃないかと感じています」

ムロヤ「私が入社した2014年頃は、モバイルファーストという言葉も広まり始めたタイミングでしたけど、まだまだPCサイトをベースにした古いサイトが多かったですよね」

浅野「そうそう。当時は、モバイル向けに”/sp”でサブディレクトリを切ってサイトを作るのが主流だったんですが、サイズに応じてCSSで可変させるレスポンシブデザインはまだ珍しくて。自分でやってみようと、手探りで始めたところがスタートでした。結果的に、それがGoogleの評価基準やURL集約などにもマッチして、コンテンツへの注力も含めて成果が出ましたね」

ムロヤブームに先駆けて、本質的な施策を地道に積み上げていたことが功を奏したんですね」

浅野「そうだと思います。短期での集客にはSEOは向いていないので、まずはリスティングで安く獲得できる地盤を作ってからコンテンツに注力する方針でした。そして半年から1年後に、コンテンツ制作を担う人材の採用にも動きました。それまでは私自身が受け皿を作って、記事も自分で書ける範囲でやっていましたが、本格的に体制を作っていきました」

ムロヤ「参入タイミングもそうですが、足元の施策の強さがすごいなと改めて思いました!」

「社内でやり切る」から始まった、戦略的なインハウス文化

ムロヤ「ウェルクスのマーケティングの特徴に、ライターも広告運用もエンジニアも、インハウス中心の組織文化があったと思います。インハウスを志向していた背景にはどういうものがあったのでしょうか」

浅野「インハウスを重視したのは、かなり自分自身の経験や価値観によるところが大きいですね。20年近く前の話なので今はわかりませんが、前職のエス・エム・エスでは『マーケティングは競争優位の源泉だから、ノウハウは絶対に外に出すな』という考え方が徹底されていて、リスティング運用も“自分たちでやらないと意味がない”という文化でした。そうした教育の影響が強かったと思います。

 もちろん、広告代理店経由でしか使えないDSPなどは外部にもお願いしていましたが、基本的にはインハウスの方がスピードも判断の柔軟性もある。コスト面を比較して“これは外注の方が合理的だな”と納得できるときだけお願いしていました。

 特にコンテンツ領域では、自分の中で成果につながる打ち手がある程度見えていたので、手の届く範囲でやった方が再現性も高いと感じていたんです。外部リソースをもっと活用するという選択肢もあったと思いますが、“中でやり切れるんじゃないか”という感覚の方が、当時は強かったですよね」

ムロヤ「事業のスケールに向けたチャネル選定や拡張のステップは、どんなふうに意識されていたんですか?」

浅野「その頃は、“今あるリソースで何ができるか”という考え方が強かったです。ゴールから逆算して、必要に応じてリソースを補うという発想は、あまりできていなかったかもしれません。その点では、すべてをインハウスに切り替えるという前提では動いていませんでした。たとえば、相互に信頼できてビジネスを一緒に伸ばしていける外注パートナーがいれば、積極的に組んでいく。逆に、それを無理に内製化しようとすることで、関係性が損なわれるのは避けたかったんです」

ムロヤ「当時はクラウドソーシングやフリーランスの活用も広まり始めた時期でしたよね」

浅野「そういったサービスを利用する発想自体がなかったんですよね。今振り返ると、コンテンツ制作の内製にこだわりすぎたかもしれません。経営のセオリーでいくと、固定費ではなく変動費で組める体制にすればよかったかもしれません。

また、『保育のお仕事』では、コンテンツを増やせばSEOが伸びるという実感もあったんですが、その効果を定量的に説明できていなかった。結果として、直接貢献として月に10件ちょっとのCVしか取れていないのなら、広告を回した方がいいよねという話になってしまいます」

ムロヤ「そこは難しいところですよね。コンテンツがSEOに効いていた実感があっても、定量的に説明できないと継続判断が難しくなりますし」

浅野「そうなんです。自分の中で費用対効果の視点が甘かったことに加えて、当時はフリーランスの方をうまくディレクションできるほど、手が回らなかったのもあります。たとえばとある士業専門メディアさんでは、社内ライターが月に取材を含めて30〜50本の記事を書いていると聞いたことがあって、そこまでやれる体制を築けなかったことに歯がゆさも残っています。

 そもそもライター業務を外注して変動費化する選択肢もあったはずですが、当時の私は”固定費を抱えてでも自社でやるべきだ”という前提に強くとらわれていました。振り返ると、うまくいかない時期に“足かせ”になるリスクまで、十分に考えられていなかったと思います。内製と外製のバランスをどう取るかという視点や、柔軟に設計を見直す姿勢が、自分にとっての課題だったと感じています」

広げた先に残った問いと、本当にやりたかったこと

ムロヤ「今振り返って“やってよかった施策”や“あれはやらない方がよかったかもしれない”と感じる施策があれば、ぜひ教えてください」

浅野「“やらない方がよかったかもしれない”でまず真っ先に浮かぶのは、多職種展開ですね。展開そのものよりも、広げるタイミングが早すぎたなと。

 たとえば保育士から始まり栄養士向けの転職支援への展開は良かったと思うんですが、それ以外のリハビリ職や介護職、飲食業界にまで広げていったあたりは、クライアントが大きく変わってしまって。HOWは共通でも、市場や顧客の理解はまったく別物なんですよね」

ムロヤ「確かに。限られたリソースの中でそれぞれの業界を深く理解するのは、難しいですよね」

浅野「そうなんです。理解したつもりになって進めてしまうことが多かったなと感じていて。その結果、本来注力すべきだった保育領域を取り切れなかったことが一番の反省点です。しっかり成長している途中で、アクセルを踏み続けるのがスタートアップらしい姿勢だったと思うんですが、ちょっと広げるのが早すぎました」

ムロヤ「多角化のタイミングの判断ってほんと難しいですよね。今だからこそそう思える話ですし。また、保育士人材紹介の1本足打法の事業展開でいいのかっていう、分散しないことのリスクの面もありますし」

浅野「その通りで、当時は保育の人材業界が数年程度でピークを迎えるという読みがありました。だからこそ多職種へ展開させたのですが、もっと戦略的に、見通しを立ててからやるべきだったと思います。矢継ぎ早に展開した結果、それぞれが中途半端になってしまった」

ムロヤ「人材事業のビジネスモデルでは、たとえば成果報酬型のメディアで利益率高く伸びていたケースもありましたよね」

浅野「そうなんですよ。人材紹介とカニバリするから手がつけづらかったというのもありますけど、それでも保育士求人ナビのような求人メディア事業も、もっと丁寧に顧客インタビューなどを重ねて深掘りすれば、別の価値を作れたのではないかと感じます。

 それに、今でこそダイレクトリクルーティングなどの手法がありますが、当時はその発想もなかった。何よりも、自分たちが現場に足を運んでいなかったことも大きな反省点です」

ムロヤ「現場に行かなかった、といいますと?」

浅野「たとえば求職者の声を直接聞くとか、実際にサービスを使ってくださっているお客様にヒアリングするとか。そういう機会をもっと意識的に作るべきだったと思うんです。今の勝ちパターンを磨いていけばいけるだろう、と考えすぎて、視野が狭くなっていました」

ムロヤ「すごく共感します。Webマーケってどうしても数字で判断できてしまうから、GAやヒートマップで見える情報で分かった気になってしまうんですよね。

 でも、インタビューをすると、全然想像と違う使われ方をしていたりして、強烈な反省があります。私も定期的にユーザー調査をやってるんですが、終わったあと“やらなきゃよかった”と思ったことってないです。必ず得るものがあります。お客様から『潜在層を開拓したい』というご相談をいただく時は、毎回『まずインタビューから始めませんか』と伝えています。Web上のデータだけでは限界がありますからね」

浅野「まさに、私にとっての“やっておけばよかったこと”は、消費者理解ですね」

ムロヤ「消費者理解ができていれば、人材紹介サイトや求人メディアのプロダクト開発にも活かせますし、プロモーションだけではない事業への反映の仕方がありますよね」

浅野「そうですね。今思えば、プロモーションの力でユーザーを惹きつけるだけでなく、ちゃんとプロダクトも作り込むべきでした。結果的に、転職という“非日常”の領域ばかり広げてしまいましたが、私自身は“日常”のサービスを作りたかったという思いもありますね」

ムロヤ「日常のサービス……たとえばコミュニティサイトのような?」

浅野「そうですね。当時も作ろうとはしていたんですが、開発のリソースを投下できていませんでした。マネタイズが難しいという事情もありましたが、それでも保育業界をもっとやりきるという選択ができていれば、違った結果になっていたかもしれません。“もっと新しいことをやりたい”という気持ちが先走ってしまっていました。一度ブレーキをかけてでも、保育に振り切るべきだった。今振り返ると、そう強く思います」

ムロヤ「その感覚、すごくわかります。“両利きの経営”や“イノベーションのジレンマ”といった本が世界中で売れている通り、多角化に関する判断は本当に永遠のテーマだと思います」

マーケティング責任者に求められる視点とは

ムロヤ「最後に、組織づくりやリーダーシップの観点でも伺いたいです。マーケティングチームをどう率いていくか、あるいは経営陣とどう連携しながら成長投資を判断していくかは、マーケの責任者にとって難しい問題だと感じています。浅野さんご自身の経験や、いまの視点も踏まえて、マーケティング責任者に求められる視点についてお聞かせください」

浅野「大御所の方々が言っていることと同じかもしれませんが……。あえて自分の経験から言葉にするなら、経営を語れることがやっぱり重要ですね。経営の数字がきちんと読めていて、かつ、顧客理解もあること。この2つが揃っていないと、マーケティングの責任者としては弱いと思います。

 顧客理解だけあっても、『こういう世界観をつくりたい!』という思いだけでは、やっぱりCMOにはなれない。ちゃんとビジネスの状況に合わせて、『この投資は今なら可能か』『どのような成長が見込めるか』といった話ができなければ、責任ある意思決定は難しい。中長期の投資計画を描けるかどうかも、大きなポイントだと感じています。

 だからこそ、マーケティング責任者には“経営視点”と“顧客理解”の両立が求められる。CEOとは異なり、顧客を深く理解していることそのものが、自分の価値だと捉えるぐらいでちょうどいいのかもしれません……とはいえ、顧客理解って本当に難しいですね

経営をしっかり学ぶために経営大学院に通いやっと卒業ができたが、まだまだ学びを実践できているとは言い切れない、精進が必要と感じています(苦笑)」

ムロヤ「本当にそうですね。私もマーケティングは、企業の成長投資だと思っています。だからこそ、『どれだけ投資して、どう回収するか』という投資対効果の観点は欠かせませんし、そもそも『その投資が可能なキャッシュがあるのか』という財務的な観点も重要になります。

 私もいまは経営者として日々お金の動きを見ていますが、『キャッシュって、ほんと大事だな』と痛感しています。会社員のころは『会社のお金でマーケをやっている』って感覚だった気がしますが、今は全く違いますね。自分でお金を出す側になって、初めてその重みを実感したというか」

浅野「マーケ責任者だけでなく、チームメンバーにも『マーケティングは事業全体の一部』という意識をもってほしいですよね。『お金、ちゃんと大事に使ってる?』と問いたくなるときもあります(笑)」

ムロヤ「よくわかります(笑)。たとえば、目先の成果を追うダイレクト施策と、中長期のリターンを見据えたブランディング施策。そのバランスをどう取るかも、経営視点がないと判断しきれないですよね。“経営を語れる状態”と“顧客を理解している状態”。いいフレーズを聞けました。

浅野さん、本日はありがとうございました!」

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