木になりきれば見えてくる?気になる商品を生むリサーチ哲学。イー・クオーレ代表取締役・犬飼さんにインタビュー
良い商品には、良いコンセプトが欠かせません。そして、良いコンセプトには、消費者目線で『どのような商品か』『誰がどのように使うのか』『どのような価値があるのか』が明確に表現されています。その足掛かりになるのが、マーケティングリサーチです。ヘビーユーザー調査や、未利用者への調査から得られることはとても多いですよね。
2024年11月に発売された書籍『「消費者ニーズ」の解像度を高める』は、マーケティングリサーチにおける定性調査のノウハウが詰まった1冊。書店で見かけて手に取ったところ、インタビュー調査の実務に即したノウハウが満載で、即購入しました。読み進めると、「なるほど」「超なるほど」「実践しよう」と感じる箇所ばかりで、付箋を貼りまくっていました。
個人的にもとくにコンセプト調査のことや、リサーチ結果を踏まえたベネフィットの訴求方法などについてもっと知りたいと思いました。そこで著者の犬飼江梨子さんにXでDMしてインタビュー打診をしたところ快くお引き受けいただき、お話を伺うことができました。
<犬飼江梨子氏 プロフィール>
マーケティングリサーチを行なう株式会社イー・クオーレ代表取締役。消費者心理分析の専門家として、消費者インタビューのほか、マーケティングコンサルティングや講演を多数行う。
<インタビュアー・ムロヤ プロフィール>
室谷 良平
株式会社スノードーム 代表取締役
2023年7月に株式会社スノードームを設立。戦略策定からWebプロモーションまで、一気通貫の伴走型マーケティング支援を行っている。著書『SNSマーケティング7つの鉄則』(日経BP 日本経済新聞出版)、『現場のプロが教える!BtoBマーケティングの基礎知識』(マイナビ出版)、『1億人のSNSマーケティング』(エムディエヌコーポレーション)。1988年生まれ。北海道長万部町出身。
お客様の立場に「なる」ではなく「なりきる」
ムロヤ「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。書籍『「消費者ニーズ」の解像度を高める』を拝見し、実践したい手法がたくさん見つかりました」
犬飼「ありがとうございます! 手に取っていただけて嬉しいです」
ムロヤ「今回は、書籍で気になったことを中心にお話を伺えればと思います。まず、犬飼さん自身についてお伺いしたいのですが、最初のキャリアからマーケティングリサーチですよね。マーケティングリサーチ業界に入ったきっかけを教えていただけますか?」
犬飼「大学生時代のマーケティングゼミの影響が大きいですね。私は高校生の頃から、経営者になろうと考えていました。地元に経営者の方が多く、漠然と”経営者っていいな”と感じていたからです。大学では経営を学ぶために商学部に進み、マーケティングゼミに所属しました。ゼミの先生に”起業するならどの分野がよいでしょうか”と相談したところ、”マーケティングリサーチ業界が良い”とアドバイスをいただいたんです。特に定性調査は女性が強みを発揮できる領域だと教えてもらい、この分野での起業を決意しました」
ムロヤ「学生の頃から経営者になろうと思っていたのですね」
犬飼「そうですね。でも、いきなり会社を立ち上げるのではなく、まずはリサーチに強い企業へ入ることにしました。そこで、前職であるドゥ・ハウスに出会ったんです」
ムロヤ「ドゥ・ハウスさんは、35年の歴史があるマーケティングリサーチ会社ですね」
犬飼「独自のノウハウや文化が根付いている会社だと思います。私が就職した当時から、ドゥ・ハウスには”1,000分の1個の輝くデータを見つければ、商品開発は可能だ。それを拾い上げれば、商品を生み出せる”という、今で言う「N1分析®(マクロミルグループが保有する商標)」に通じる考え方がありました。”ダイヤの原石を1つ見つければヒット商品が生まれる”という考え方に強く共感し、入社を決めました。実は、ドゥ・ハウスの社長になりたいと考えた時期もあったんです」
ムロヤ「すごいですね!私は新卒で入った会社では、そんなことは微塵も考えたことがありません(笑)」
犬飼「新入社員だったにも関わらず”この会社で社長になります”と、啖呵を切ったこともありました(笑)」
ムロヤ「なんとwww」
犬飼「はい、社長に伝えました(笑)。なので、今でも社長に会うと”社長にしようと思っていたのに、退職してしまったね”と言われることがあります」
ムロヤ「そんなエピソードもあったんですね。どれくらい勤務されたんですか?」
犬飼「約7年ですね。キャリアの第一歩としてドゥ・ハウスを選んで本当によかったと思います。その過程で、既存の組織で上を目指すよりも、やはり自分で会社を立ち上げる方が向いていると気付けました」
ムロヤ「ドゥ・ハウスさんは、他のリサーチ会社さんとは一線を画している印象があります。思わず付箋を貼った場所があるのですが、書籍の最後に書かれていた”じっと木を見つめた後に、3分間木になってみる”という”修業”について伺えますか?これは衝撃的すぎて、青線のラインも引いて、さらにwwwと本に書き込んでしまいました(笑)」
犬飼「これは”なりきる”ための修業ですね。お客様のインサイトやニーズを把握するためには、”なる”ではなく、相手に完全に同化しないと本当の理解はできないというものです」
ムロヤ「なるほど。一見すると奇抜に感じますが、リサーチの根本を学ぶ大事なトレーニングなのですね」
若手層の「ガイドライン」を目指して
ムロヤ「書籍の中で特に印象的だったのが、”無意識の不便こそがイノベーションの種”や”隠れたニーズは宝探し”というフレーズです。例えばインサイトという言葉は人によって解釈が異なりますが、犬飼さんのフレーズは平易で直感的に理解しやすいです」
犬飼「ありがとうございます。本書では意図的に、インサイトという言葉を控えました。便利な言葉ですが、解釈に幅があるし難しいと感じる方も多いので」
ムロヤ「私もマーケティングを学び始めた頃、インサイト・ベネフィット・ニーズ・価値など、意味の似た用語がいくつもあって戸惑いました」
犬飼「この本は、入社2年目くらいの若手や中堅のマーケター向けに書きました。実際、マーケティングリサーチのコンサルでも、そのくらいの方々と接することが多いんです。彼らに理解してもらえる表現を意識しました。また、消費者調査・分析・コンセプト策定・売上予測・社内プレゼンテーションという一連の作業をより効率的に進められるよう、ガイドラインとしての役割も持たせています。リサーチの手法を学びたい時や、リサーチ結果をコンセプトに落とし込む際の指針として使っていただきたいですね」
ムロヤ「実践知が大量に詰まっており、本当に良い本だなと思います」
良くないコンセプトの特徴は「情報過多・ターゲット不在・ありがち」
ムロヤ「コンセプト調査についてお聞きしたいです。書籍のP.172にはコンセプト評価の経験を積むうちに、コンセプトが低く評価されるものと高く評価されるものの違いがわかるようになってきたという記載がありましたね。どんなものだと高くなったり低くなったりするのか、もっと知りたいと思いました」
犬飼「まず、高く評価されるものには、”コンセプトを考えるための必須3要素”がバランスよく表現されています」
コンセプトを考えるための必須3要素
・消費者の困り事
・この商品を使うと、困り事がどのように解決できるか
・なぜそれが実現できるのか、その根拠(独自性のある機能)
犬飼「反対に、これらの要素が入ってないコンセプトは”ただゴチャゴチャ書いてあるだけ”になりがちです」
ムロヤ「”あれも言いたい、これも言いたい”と」
犬飼「そうです。情報量が多すぎると、読まれなくなります。コンセプトの本質は”要素の特定”です。パッケージに書ける情報は限られるので、その中で重要な要素を選び抜く必要があります。情報過多のコンセプトに対しては、”エンドベネフィットは何か、誰の何を解決する商品なのか、それをどう実現するのかを簡潔にまとめてください”とお願いしています。絞り込めない場合は、分割してもってきてくださいと伝えます。分割した結果、たくさんの案が出るのはいいのですが、1案に全要素を盛り込むのは絶対に避けましょう」
ムロヤ「よかれと思って”あれもこれも”となってしまうこと、いろんな記憶が蘇ってきます(笑)」
犬飼「”ゴチャゴチャと書いた結果、推したい情報が伝わらない”では、もったいないですよね」
ムロヤ「良くないコンセプトには、他にもどんなパターンがあるでしょうか」
犬飼「書籍にも書いた”ターゲット不在”が挙げられます。商品の機能は理解できても、誰がいつどのように使うのかが不明確なプロダクトが当てはまります。コンセプトの成否は”自分ごと化できるか”にかかっています。そのため、使用シーンが具体的にイメージできて、”自分向けだ”と感じられる要素が必要なのです」
ムロヤ「確かに、ターゲットをきちんと設定せず、憶測だけでコンセプトを作ってしまうと、”そういえばこの商品、誰がどう喜ぶんだっけ?”となりそうですね」
犬飼「そうなんです。自分たちの思いだけを優先してしまうと、コンセプトとしては不十分です。また”ありがち”なものも、良いコンセプトとは言えません。”もう世の中にあるよ”と」
ムロヤ「たしかに…」
犬飼「”それ、他社が出してるよね。今あるものを使えばいいのでは?”ってなりますよね。他社の後追いになると、多くの場合、コンセプトが迷走します。消費者は失敗を避けるので、わざわざ新しい”似たもの”にお金をかけたくはないんです。味変を強みにできる食品ならまだしも、日用品などはかなり難しいです」
ムロヤ「これだけモノがあふれた時代なので、後追いになってしまう商品も多そうですね」
犬飼「そんな時は、こちらから”御社の独自性をどのように付与すれば、より良い商品になるでしょう?”とお聞きします。”それができないなら、このコンセプトは避けるべきです”ともお伝えしますね」
コンセプト作りに欠かせない、商品のストーリー
ムロヤ「良いコンセプト・良くないコンセプトに加えて、ベネフィットの訴求方法として、”購買喚起ワード”も非常に実践的で学びが多かったです。リサーチから表現方法の提案まで一貫した流れがあり、マーケターや実務家にとってとても有用だと感じました」
犬飼「ありがとうございます。優れたコンセプトを作ることは、コンサルタントだけで対応できる課題ではありません。クライアントにも主体的に考えていただき、クライアントの中にある言葉を丁寧に引き出していく過程が不可欠です。”この商品で誰をどのように幸せにしたいのか”という問いかけから始めて、要素を集めていきます。そして、それらの要素の中から効果的なものを選び、磨き上げていった結果が、書籍で紹介した”購買喚起ワード”に集約されています」
ムロヤ「”①オノマトペは心に響く言葉”や”④生活の向上・快適性の訴求”など厳選された10種類の表現方法が挙げられていますね。これは使えると思って、付箋を貼りまくりました」
犬飼「実は書籍に入れられなかったんですが、もう1つ重要な要素として”ストーリー性”があります。商品を手に取った消費者が、”誰がなぜこれを作ったのか”をイメージできること、商品の特徴がストーリーとして浮かび上がることが大切です。例えば、私は先日コンビニで「物語のあるヨーグルト ぐうたら蜜バチ」という商品を見かけました。商品名を見た瞬間に、蜜バチがのんびりヨーグルトを作るイメージが浮かび、良いコンセプトだなと感じました」
ムロヤ「ストーリーと言えば、ナラティブやストーリーテリングという概念や手法も確立されていますね」
犬飼「それくらい、ストーリーは大切な要素です。洗い出した要素をオノマトペで表現したり、メタファーを用いて強調したり、新規性を打ち出したりしながら、より良いコンセプトになるようチームでブレインストーミングを重ねていきます。また、”両立できない要素の共存”や”効果の具体的な表現”なども、コンセプトを磨く重要な視点です」
全体像の把握から詳細分析まで。手法は状況に応じて使い分ける
ムロヤ「続いて、P.117にあった"人間の本質がわかる10の根源ニーズ"に行き着いたプロセスを伺いたいです。人間理解の観点で、とても興味深いなと思いまして」
犬飼「私は、定性リサーチの第一人者である梅澤伸嘉先生を師匠とお呼びしており、梅澤先生の理論をベースに成長してきました。先生の理論を独自に解釈した結果が、人間の根源的なニーズをまとめた"10個のBEニーズ"です」
ムロヤ「平易な言葉で分かりやすいため、社内でも活用しやすいと感じました。それでいて、的を得た分類だと感じています」
犬飼「ありがとうございます。セミナーなどでも活用しているもので、クライアントへのコンサルティングを通して磨いていったワーディングもすべて詰め込んでいます」
犬飼「インタビューで得られる情報は、通常"人に話せる範囲"に留まりがちです。しかし、言葉通りに受け取るだけでは、マーケティングリサーチとして不十分です。得た情報の裏にある感情や情景まで深く考察し、"この人はこう考えて、こう発言しているのだろう"と分析する必要があります」
犬飼「そして、インタビューなどの際に相手のタイプをつかむのに役立つのが"ニーズ4分類理論"です。この分類は、脳科学の西剛志先生のコーチング理論から学んだことを、梅澤先生の理論と組み合わせて発展させました」
ムロヤ「表面的な言葉だけでなく、人間の根源的な欲求につながるポイントを見極めるということですね。変化・刺激↔︎安定・平穏、自己実現↔︎つながりで象限があり、どのようにしてこの分類の軸に至ったのかが読んでいて気になりました」
犬飼「まず分析軸を設定することで、アイデア創出やニーズの深掘りが容易になります。例えば、ムロヤさんは"変化・刺激"と"自己実現を"求める左上に該当すると思います。ムロヤさんに向けた商品を作るなら、これらを同時に満たすものを目指すとよいです。喋り方もヒントになるんですよ。左上に当てはまる方は、早口の方が多いですね(笑)」
ムロヤ「なるほど(笑)」
犬飼「この"ニーズ4分類理論"は、コーチングの第一人者であるアンソニー・ロビンズの"シックス・ヒューマン・ニーズ理論"が基になっています。人間の根本的なニーズとして、つながり・自己重要感・自己実現・安定/不安定の4つがあり、これらが満たされると成長や貢献のニーズが生まれるという理論です」
ムロヤ「10個のニーズで詳細に分析することもできますが、インタビュー調査では、対象者のパターンをまずはざっくり掴むことで、洞察を得られやすくするということですね」
犬飼「ただ、ニーズ4分類理論は大まかな枠組みとしては有効ですが、商品開発の段階では、より詳細な"10個のBEニーズ"の活用をお勧めします。全体像の把握から詳細分析まで、状況に応じて使い分けることが大切です」
ムロヤ「参考になります!」
良い商品は、消費者の人生の一部になる
ムロヤ「続いて、"エンドベネフィットの3段階"における"生活価値:生活の質の向上・価値観や信念への適合"についても教えていただきたいです。信念への適合ってなんだろうと思いまして、これってどういうことなんですかね?」