AI時代に埋もれるブランド、そうでないブランドの差とは

AI時代、なぜ同じように見えるブランドに「選ばれるもの」と「埋もれるもの」が生まれるのか。
コンテンツは誰でも作れるようになった今、差はどこでつくのか。
マーケティングにおいて、AI時代に残る価値や失っていく価値について最近考えていたことを書いてみます。
経営リスクヘッジの観点でも、内省のヒントになればと。
AI時代ではデジタルコンテンツはサクッと作れるようになった
よって、制作費がゼロ円に近づき、供給量が爆発的に増える。Xの長文ポストが代表的だが、本当にコンテンツの供給量が増えたなぁと感じる。SNS投稿やブログもそれっぽいコンテンツは無数に表れている。
また、それっぽいものはコモディティと化していく。ちょっと前のBtoBマーケティングなら一時期のホワイトペーパーやウェビナーなど、やっておけさえすればそれなりに成果が出ていた施策も、お客様から見れば大量のコンテンツのワンオブゼムと化していく。よっぽどの創意工夫がない限り。
Xのアルゴリズムの変化などもその象徴だろう。量はもういいから質だと。
それっぽいマーケティングの終焉みたいなものだ。
それっぽいデジタルコンテンツという資産は無数に生み出せるので、それっぽいだけでは顧客価値は失われていく。
「それっぽいデジタルコンテンツがあります」は、かつてはコンテンツマーケティグ投資がもたらした価値ある資源となれていたが、今はそうではない。価値を生み出す源泉とはならない。
それっぽいコンテンツでもチャネルハック的なのが通用する時代があったが、AIによるデジタルコンテンツ供給力の変化がその競争力を成立させにくくしたのだ。
AI時代でも変わらないこと。
私は、アマゾンのジェフ・ベゾス氏のこの言葉が好きです。
「10年経っても変わらないもののほうに僕は興味がある。質問としてはそっちのほうがすぐれている」
小売業だったら、安さ、品揃えは10年後も大切だなとわかりますよね。マーケティングの観点でも、とても重要だなと思うのです。
では、AI時代にも普遍的なものとはなんだろうか。人間理解のレンズで見てみた。
注意資源は有限だ
まず、人の脳には限界がある。脳はエネルギーを食う臓器だ。体重の2%程度しかないのに、寝っ転がっていても1日の20%のエネルギーを消費する。
1日にどれだけのことに注意を払るか、ファネルの上部のアテンション獲得は有限の資源をめぐる競争で、ここはAIがあろうがなかろうが激しい。AI時代でも、注意資源は有限である。ここが重要だ。
可処分時間も不眠不休でもMAXで24時間だ。時間も有限である。
デジタルコンテンツが大量に供給されても、受け取る側の処理能力には限界がある。
ポジションは相対的、カテゴリリーダーポジのイスは有限
また、ブランドポジショニングは相対的なものだ。
要するに、お客様にとっての認識上の脳内の位置付けだから。どの引き出しに入るか、引き出しの手前に入れたのか奥側なのか。
ポジションはあちら(競合)がズレればこちらもずれる。あちらがこの位置付けをとってしまうと、こちらはこうなってしまう、みたいに。
「〇〇と言えば〇〇」のようなカテゴリーを代表するポジションの座席数も有限だ。AIレコメンドでは無数の候補から選別・選択してくれるが、人間は思いつける候補から選別・選択する。
昨今では「ナラティブ」「思想」「世界観」などとよく言われるようになったが、抜きん出るブランド設計なりコミュニケーションをもっと磨いていかないと速攻でワンオブゼムになる時代だと整理しながら感じた。
なお、それっぽい思想、それっぽい世界観、それっぽいナラティブもAIで作れるため、自身の会社やブランドが何に根付いているかを徹底的に探るのがめんどくさいが近道なのだろうなぁ。
コンテンツの質にちゃんと真っ当に目を向けよう
これら変化については、それっぽいコンテンツで満足できずにブランドの世界観やこだわりの逸品やさらなる顧客価値を貪欲に求めながらマーケティングコンテンツを企画・制作・流通させてきたガチ勢の人からすると、やっていること自体はあまり変わらないのだが(プロセスはAI化するが)、それっぽいコンテンツでよしとしてきた人は今後の質の向上に向き合わないとやっていけない。
人間が選ぶ過程そのものを味わいたい消費者行動もある
LLMOという言葉が普及してきている通り、AIが日々のお買い物や意思決定をどんどん代行してくれる時代になるが、すべてがAIに委ねられるわけでもない。
人間が主導権を持ってお買い物そのものの体験を楽しんだり、人間が覚悟や感情を伴って物事を判断することも残るだろう。好きなブランドとかこだわりとか趣味のものはじっくり選ぶ過程そのものが楽しいでしょ?推しのために買うとか、応援するとか、人間関係的にエコひいきするとかあるでしょ?人間は社会的動物だから。
なので、そういう局面では引き続き対人間のブランドコミュニケーションは大事。当たり前の話だが。
AI時代、何を変えていかないといけないか
これらのことを踏まえて、選ばれる理由を考え抜き創意工夫を施されたブランド設計力は、引き続き重要な職人技になると思っている。※関係者の利害調整、審美眼、人間を束ねるディレクションなども含めたスキルとして。
あとは露出もずっと大事なので、世に出す覚悟、世に出ていく覚悟か。コンテンツのストックばかり増えていっても、人様にお見せしなければ世界に変化はもたらせないから。
また、人は忘れる。忘却という仕組みがあるため、伝え続けたり、思い出してもらい続けるような仕掛けがないと、ブランドは忘れ去られる。ブランドコミュニケーションは引き続き重要だ。
どのタイミングで話題を起こすか、誰をプロジェクトに巻き込むか、どの販売チャネルを握っておくかなども引き続き大事。
また、ただの認知率やリード数だけを追っていたならば、「なんとなく好きになってもらう」「こっちのほうが信頼できそう」などの選ばれる確率を高める他要素にも目を向けていく必要がある。「なんとなく嫌い」と思われたら、選ばなくなるから。あなたもそういう会社やブランドを思いつきませんか?(このなんとなく嫌いを避けるのが大事な理由は、別途エピソード付きで記事を書きたい。)
関連して、note CXOの深津さんがデジタルには踏み入れない領域として挙げている、店舗などの立地、資金力、特許、歴史という要素はなるほどなと思った。
西野亮廣さんは、AIで生成できないものを「アンカー」と呼んでおり、思い出、プロセス、土地、人間関係(癒着)、時間(歴史)を挙げている。
色々脱線したが、AI時代でも価値として通用するものしなくなるもの、AI時代に大事なアセットとは何かを考えてみた。雑文、失礼しました。
<まとめ>
・AIによって、デジタルコンテンツは供給されやすくなった
・人間の脳的に、注意資源は有限。アテンションを巡る競争はずっとある
・ブランドポジションは相対的。想起とかCEPsとか、脳内位置づけの椅子を巡る競争もずっとある
・このような環境下で、選ばれる確率を高めるブランド設計、ブランドコミュニケーション、マーケティングコンテンツの質の徹底的改善にちゃんと向き合わないといけない
・AIが生成できないこと、デジタルには踏み入れられない領域なども考慮しつつ、どこに軸足を置きながらリソース投下を考えよう、身の振る舞いを変えていこう
・凡庸の大量生産をしてそうだったら見直そう
AI時代のコンテンツマーケティングのご相談もお気軽にどうぞ。
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